U50 第61回 柳田正芳さん
アンダー50として、2018年から2024年3月まで、
50才未満の若手市民活動家へインタビューを重ねてきました。
「活動を始めたきっかけや思い」など、
62名それぞれの軌跡が
多くの方々へのエールになるよう願っています。
柳田正芳 さんプロフィール
柳田正芳(やなぎだ・まさよし)さん
「性の健康イニシアチブ」
「かわさき包括的セクシュアリティ教育ネットワークCsexologue(セクソローグ)」(略称・カワセク)代表
中原区出身、多摩区在住
柳田さんは「性の健康と権利」をミッションに、誰もが「ありのままの自分が大事だと思える」社会を目指して活動しています。
自身が主宰している市民団体「性の健康イニシアチブ」では、介護や福祉の専門家、心理カウンセラーなど対人援助職が性の話題と向き合うためのアティチュード(態度)の研修や情報発信、「安心安全に性の話題を話せる場づくり」としてのイベント開催などに取り組んでいます。
2021年秋、川崎市在住の有志と「かわさき包括的セクシュアリティ教育ネットワークCsexologue(セクソローグ)」(以下カワセク)をスタートしました。絵本をはじめ様々な手法で「包括的性教育」を広めています。
身体の「性」だけではない包括的な活動
―― ジェンダー、差別、教育、人権などは市民活動らしい分野でもあり古くから活動している団体も多いのですが、「性の健康」の視点からこれらの分野を包括して「自分と相手の関係づくり」を啓蒙する柳田さんたちの活動は、新しい流れだと感じます。
そういっていただけてとても嬉しいです。
「性の健康」とは、個々の性的な側面だけではなく、身体や心、人間関係が良好な状態でいられることですが、いわゆる身体の「性」だけではなく、人間関係や人の尊厳、権利といったことを取り上げている活動というのは、確かにあんまりなかったのかもしれません。
反面、何をやっているのかわからない、と言われることも良くあるので、そこを誰にでもわかるように伝えていくことも課題の一つとも感じています。
今にいきる高校時代の出会い
川崎市中原区で育ち多摩区で青春時代を過ごされた柳田さんの活動の第一歩は、高校時代にさかのぼります。知人の紹介で「日本家族計画協会若者委員会U-COM」(以下、U-COM )のイベントに参加したことが、自分の性や生き方を決める権利に関する国際的な理念「セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(SRHR)」を同世代の若者に広める活動の取り組みにつながりました。
―― 高校生がこの分野の活動に関心を持つのは珍しいのではないかと思うのですが、どのようなきっかけだったのでしょう。
高3のときです。他地域の高校生と交流する機会があり、「恋愛は友情とちがって、性的なトラブルでお互いの関係性にひびが入ってしまうことがある。それは誰にでも起こる可能性があることを知ってもらいたい」という実体験の話を聞きました。
合唱部に熱中していたこともあり、周りも含めさほど恋愛をしている雰囲気でもなかったのですが、話を聞いた時に「誰でも起こり得るかもしれないけれども、避けられなかったのは一体何が足りなかったのだろう」と考えていたら、タイムリーな出会いがあったんです。
当時は川崎の地域教育会議が盛んで、私も中高生のときに多摩区の地域教育会議のメンバーとして参加していました。メンバーに男女共同参画センターの方がいて、江ノ島の男女共同参画センターのイベントで性教育的な活動をしている大学生のグループ(U-COM)が来るらしいから、よかったら行ってみたら?と勧められたのです。
江ノ島だったので観光気分で参加したのですが、帰るときには「大学に合格したらU-COMに入りたいです」と言っていました。元々、人間の関係性などに興味があったので大学では社会学を専攻しました。10代の出会いは大きいですよね。この頃に出会った人たちや学んだものが今の自分を作っていると思っています。
包括的セクシュアリティ教育と日本の性教育
―― 「包括的セクシュアリティ教育」の進め方を記したユネスコの「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」は、性教育の国際的な指針になっています。このガイダンスのなかで「コンプリヘンシブ・セクシュアリティ・エデュケーション」という言葉が使われており、2017年の日本語翻訳時に「包括的性教育」と訳されたことで、この言葉が広がったとされています。
柳田さんの活動の中心に「包括的セクシュアリティ教育」があると思いますが、日本人が一般的にイメージする「性教育」とはどのように異なるのでしょうか。
U-COMを卒業してしばらくの時期は、まだ包括的セクシュアリティ教育という概念がありませんでした。この教育について、ユネスコから最初のバージョンが発表されたのは2009年頃です。
日本では、妊娠・避妊や性感染症予防など体の健康に関する話題が性教育だと思われていましたから、私自身の取り組みの中で「自分がどう生きていくか」「相手との関係性云々」など人間同士の関係性のことをテーマに話しても、「それはキャリアコンサルタントの仕事であって性教育ではないのでは?」と、多方面から言われました。
包括的セクシュアリティ教育が登場したことで、根底には人権やジェンダー平等、人間関係などがあることが広まり、私の活動も少しは見られ方が変わったようにも思います。
ひとりひとりの尊厳と権利を尊重する「私もOK、あなたもOK」な人間関係
―― 川崎市は「子どもの権利条例」もあり、行政的にも人権などに力を入れている自治体ではないかと感じますが、そのあたりはいかがでしょう。
人権や差別に対する下地がとてもあると思います。問題に対して是正していくなど、ちゃんと教育に取り入れていこうという姿勢があります。「子どもの権利条例」についても、「自分自身のことを大事にしよう」という意味では、包括的セクシュアリティ教育と同じだと思います。
ある中学校の先生から、生徒間で性的なトラブルがあり、どういう性教育を学校で展開すれば良いのかを相談されました。避妊の方法や性感染症予防の方法を知っていたとしても、お互いの間に、ちゃんとそれらを実践しようという信頼関係や同意する対等な関係ができてなければ何にもなりません、とお伝えしました。つまり、人間関係の話こそが大事だと伝えたのです。
「学校では現状、人間関係についてどんな風に指導されていますか」と聞いたら、「自分が大事にされたかったら、まず相手を大事にしなさい、と教えています」っておっしゃっていました。
この言い方だと「相手を大事にするという条件を満たさなければ自分を大事にしてもらえない」ということになり、自分を肯定する力を育めません。
性の健康イニシアチブの活動でも、ひとりひとりの「尊厳」や「権利」といったキーワードをきちんと深掘りしつつ、性教育のことを考える研修にも力を入れており、その観点から見てもこういった価値観が変わって欲しいと、23年の1月に「私もOK、あなたもOK」プロジェクトを立ち上げ、健康的な人間関係の合言葉として広めています。
OKは「我慢をしていない、違和感を感じていない、心地よさがある」などの事柄を指しますが、お互いにそう感じることが、「自分を大事にする、だからこそ人も大事にする」ということに繋がっていくのではと思います。健康的な人間関係の秘訣はそこにあると思います。
自分を大事にすることが人も大事することにつながる社会
―― お話を聞きながら、柳田さんたちのような考え方が広がれば、社会的問題となっているセクハラやパワハラを減らす一助につながるのでは、と感じました。
「NO」と言葉で明確に言えない状況下であっても、身体的には全身で拒否を示していたりします。
「間身体性」(かんしんたいせい)という言葉があります。「身体と身体がその場に物理的に居合わせる時、言葉にしなくても伝え合っている何かが常にある」という考え方なのですが、イニシアチブの活動では極めて重要な身体感覚だと思っていますし、今年は身体感覚のワークショップもやっていこうと話をしているところです。
(取材日:2024年1月25日 並木)
(情報更新:2024年3月4日)